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クイントが発ってから早2日が過ぎた。
満月まであと4日。
彼は実に細かに、日に何度もリクウェアのいまの様子を伝えてくれた。
ルリアがリクウェアからここに戻ってきてまだ数日しか経っていない。しかし、確実に城の中では変化があったようだとのことだった。
まず、トュティノの姿を見なくなった、と城に兵士として忍び込んでいる仲間から報告があったこを教えてくれた。
以前もさほど前面に姿を現していたわけではない。表面上、いまのリクウェアを統べているのはセヌエフだ。これはいまも変わらない。
だが、その裏でリクウェアを統治していたのはトュティノだ。ゆえに、城の中でその姿を見かけることは多々あった。
セフエフの影のように、気づくと彼のそばにいた。
だが、それがここ最近パタリと姿を見せなくなったというのだ。
一人でいるセヌセフを見かけることが多くなったという。
兵士たちの間でも、仲たがいをしたのではないか、とか、どうやら一室にこもってなにやらしているらしい、とか、妙な噂ばかりが流れているようだった。
「エビドュは相変わらず、出てこないようだけどね」
なんだかとてもいやな予感がした。
彼らはいったい、裏で何をしようとしているのだろう。
だが、それ以上の目立った動きはなにもなく、そのまま3日が過ぎた。残り1日となったところで、ルリアたちもリクウェアへと発った。
まだ体調が戻らないサナは聖域においていこうと、リクシュは言った。だが、サナはがんとした首を縦に振らず、自分も連れて行ってほしいと懇願した。
「いいんじゃねえの。連れて行ってやっても」
いつもの調子でレイドが言った。
「でも、いま無理をしたら」
「――私だけ安全なところにいるのはいや」
むすっと上目遣いでサナはリクシュを見る。
「安全なところって、サナ……。君はまだ万全な体調じゃないんだし」
「足手まといだから?」
「それもある」
リクシュは率直に返した。
いま、ここで言葉を飾ってうそをついたところで、サナが傷つくことはわかっている。だったら、現状を素直に認めさせ、ここはリクウェアにいくことをあきらめてもらわなければ……。
万が一、ということも考えられるのだ。
向こうはサナが臥せっていたことを知っている。だとしたら、一番狙われやすいのはサナなのだ。集中的にサナが攻撃されれば、リクシュたちに彼女を守りきることができるかどうかはわからない。
「いやよ、私も行く。自分のことは自分で守るから」
それができるくらいなら誰も苦労はしない。リクシュ大仰に息をつく。
「――連れていくしかないと思うけどね」
こういうときには極めて冷静な判断を下すリエルの言葉に、「きみもそんなことをいうのか」といったように、リクシュが顔をしかめる。
あからさまな態度にリエルは苦笑いした。
「別にサナを連れて行くことに賛成しているんじゃないよ。ただ、あんたわかってるのかい? サナがいなくちゃ封印はできないんだよ」
うっとリクシュは言葉を呑み込んだ。
――こうしてサナも結局は共にリクウェアへと行くことになったのだった。
「動きは?」
「今のところない」
テキスの報告に一同は深く息をついた。
「相変わらずトュテイノの姿はまったく見えない」
セヌエフもこれといって何かをするわけでもなかった。もしかしたらトュテイノとは仲違いした挙句、彼が殺してしまったのではないかという噂さえ流れた。
「んなわけないな。人間に命を奪えるようなやつじゃねえからなあ」
「やっぱりそうか」
レイドの言葉に、納得がいったというようにテキスは低くつぶやいた。
「何かあったんですか?」
たずねるリクシュに、テキスはトュティノたちが城を攻め落とした日のことをかいつまんで話した。
ルリアとともに城に忍び込んだこと。だが、トュティノに見つかり、得体の知れない力に押しつぶされ、自分は意識を失ってしまったこと。
あんな力、見たことない。
剣でも、銃でもない。道具に頼らず、彼自身の力が武器となっていた。遠くからでも相手を狙えるところは銃に匹敵する。だが、銃と異なり、決して弾切れすることはない。
あんなやつが山ほどいたら、そいつらに世界はあっという間にのっとられてしまうだろう。――いや、すでにそうなりかけてしまっているのだろう。この世界は。
「エビドュにトュティノ、か……」
(俺たち人間には計り知れない力、ね……)
先にリクウェアに来ていたクイントからおおまかなところは聞いていた。
エビドュとトュティノが何者かも、クイントは包み隠さずテキスには告げた。彼を信用して。
話を聞いた当初、テキスは理解しかねる、といった感じで額に手をやった。だが、クイントの言うことを否定することはなかった。
しばらくは黙っていたが、やがて、理解しようとあれこれとクイントに訊ねた。クイントはそれに対し、自分が知りえた部分についてはきちんと答えた。
その結果、テキスはかろうじてトュティノたちが何をしようとしているのか、ということと、リクシュたちがこれから何をしようとしているのかを自分なりに理解することができたのだった。
ちらりとリクシュたちを見やる。
クイントがやってきた後、王女たちとともに現れた少年たち。外見は少なくとも自分より年下。だが、彼らは「ひと」にはない力がある。トュティノやエビドュと同じように。
こうして彼らを目の前にしても、やはり信じられない。その少年たちの中にはリクシュもいるのだ。あのにこにこと笑顔を絶やさず、いつも王女の傍らにいた少年。
確かに村の子どもたちとは異なる雰囲気をまとっていた。いつも笑顔に隠されていたけれど、ときおりまわりに向ける視線はとても鋭く、それは通常の子どもでは決して持ち得ないものであることもテキスはうっすらとではあるが気づいていた。
だが、まさか「ひと」でないとは思いもしなかった。
リクシュがテキスの視線に気づき、にっこりと笑みを浮かべた。
「頼りにしています。あなたにしかできなことだから」
「あ…ああ……」
テキスはがしがしと頭をかいた。
今は余計なことを考えている場合ではない。
決行は明晩。明日の夜、月が城の北の塔にかかったとき、すべてが始まる。
「こちらは人数が少ない。すべては向こうに体勢を整えられる前に進める必要がある」
「だな……」
テキスは城の見取り図をテーブルに広げた。
「外部から城へ入るには、通常なら1箇所。この正門だ」
だが、当然そこから入ることはできない。となれば、ほかの道を探さなければならない。
「地下通路からいけばいいんだわ……」
図面を見ていたルリアがつぶやく。
「ご明察。王女は何箇所知っている?」
ルリアは図面にも描かれている長く外部へ続く通路を指差した。それはいつもルリアが城を抜け出すときに使っていたものだ。
「ほかにもあるの?」
「あるな。何かあったときのために城には隠し通路ってのがいくつもあるんだよ」
「――よく知っているわね」
「あのな……俺、見えないかもしれないけどな、近衛の家系なの。知らなくちゃ王女たちを守ることもできないだろ?」
そんなこと言ったって、「近衛兵」たちの長であるのはテキスの父。テキス自身は別になんでもないはずだ。
それなのにルリアでさえ、城を脱出するときまで知りえなかった隠し通路について知っていることが、驚きでなくてなんであろう。
(兄様が教えた…ってことはまずないわね)
兄の慎重な性格を考えると、たやすく外の人間に城の機密情報を教えるとは思えない。あの通路は王族を守るもの。「万が一」のとき、その敵となる人間が近衛の人間ではない、という保証はどこにもないのだ。
だからハートレイがテキスに教えることはないのだ。たとえ彼に心を許し、全幅の信頼を置いているとしても。
「んなもん、あいつが教えるかよ。教えてくれたのは王だよ」
え、っと驚きの表情でルリアは彼を見た。
「俺が知ったのも、トュティノたちがやってくる少し前だけどな」
テキスは城の図面を目を細めてきた。
秘密裏に王からこっそりと呼び出され、王の私室で隠し通路が描かれた図面を見せられたことを思い出す。
(――必ず助ける)
王と交わした約束を守るために。
テキスはパッと、図面の計5箇所に丸をつけていった。
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