蒼穹への扉
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 ルリアたちがひとつの決心をした翌朝、まだ太陽が完全に顔を出さないころ、クイントがリクウェアに向けて出て行った。
 行動を起こすにしても、テキスたちと連絡を取り合わなければならない。テキスと面識があり、リクウェアに詳しい者――。
 もちろんルリアが行くという案は真っ先に却下された。
「じゃあ、僕が」
と、言い出したリクシュもあっさりとリエルに却下される。
「あんたが今しなきゃならないのは、別のことだろ」
トュティノたちの心を知り、悩んでいるルリアのそばから、いまリクシュが離れるのはよいことではない、ということを暗に告げる言葉だった。
 フェリィという案もあったが、これはクイントによって退けられた。確かにフェリィはリクウェアに一度行っている。だから、テキスとも面識があった。だが、それほどリクウェアについて詳しく知っているわけではない。彼女が危険を犯してまで行かなくてはならない理由がなかった。
 ここはやはりクイントに行ってもらうのが一番いいだろう、という結論に達した。
 クイント自身、この結論に異論を唱えることもなく、ただ「わかった」とだけ言った。
 正直、彼自身もリクウェアのようすがひどく気にはなっていた。だが、自分がここにきた理由を考えると、そう簡単にリクウェアに戻りたいとは言い出しにくく、まだなすべきことをしていないいま、自分がここにとどまるべきだと考えていた。
 だが、テキスたちが動くということで、事態は変わった。彼にしかできないことを、彼はすべきためにリクウェアに戻ると、決心したのだった。
「あ、そうだ…」
 リクシュは一端、奥の部屋に引っ込むと、何やら小さな布袋を持ってきた。彼はテーブルの上に袋を置くと、口をしばってある紐を解き、中身をばら撒いた。
 ジャラジャラと音を立てて、中から出てきたのはさまざまな形をした石だった。クイントはそのひとつを手に取り、それが単なる石ではなく、宝石の原石であるらしいことを見て取った。
「何だ?」
「ちょどいいや。きみがいま手にしているものを持っていって」
「あのな、リクシュ…」
 以前のリクウェアであれば、宝石の原石ともなれば、かなりの高値で取引されていただろう。
 クイントが手にした石は琥珀のように見えた。手のひらに乗るくらいの大きさのその石ひとつあれば、かなりの額のお金と交換してもらえただろう。
 だが、いまはこんなものがあったところで何の役にも立たない。宝石商もいなければ、そもそもお金があったところで、物を買うことすらできないのだから。
「違う、違う」
 笑いながら、リクシュはクイントの考えを否定した。
「これはきみと僕たちをつなぐ『道具』だよ」
「道具?」
「このままきみが向こうに言ってくれても、こっちと連絡が取れなければ意味がないだろ?」
「――…」
 そんなもの、リクシュたちの力があればどうにでもなるような気がしていたクイントは、この言葉に目を丸くした。
 クイントの反応に、彼が何を思ったのか察したのだろう。リクシュは苦笑した。
「確かに通常時ならね。僕らの力でどうにかなるだろうけどね。力を使えばトゥティノたちにばれる可能性が高い。できる限り危険なことは避けたいからね」
 クイントは手に持った石をいろんな角度で見てみた。――どう見ても、ただの石に見える。
「うん、普通の石だよ」
 あっさりとリクシュは認めた。
「ただし、何もしなければ、の話ね。いちおう、そんな石でもこの地にあったものだからね。それだけで一種の力を持っているっていってもいいかな」
「どこがだ?」
 力、と言われても普通の石とどう違うのか、まるっきりわからない。クイントは眉間にしわを寄せた。
「石を両手で持って」
 クイントは言われたとおりに、石を両手のひらに丁寧に持つ。
「そして、連絡を取りたい相手のことを思い浮かべて」
 瞬間、「うっ」とクイントが声を上げた。
 ルリアは背後から石を覗き込んだが、やはりルリアにはその石がなんの変哲もないただの石に見えた。
 だが、クイントは食い入るように石を見ている。そして、リクシュもまた、目を閉じてしまった。
「――何が起こってるの?」
 いまいち状況がわからないルリアはレイドに小声で訊ねた。レイドはちらりとクイントを見ると、小さく笑った。
「いま、クイントにはリクシュが見えている」
「そりゃ、見えるでしょ。目の前にいるんだから」
「いや、そうじゃなくてだね…。あの石に映って見えているんだよ。ついでに言うと、クイントの頭の中にはリクシュの声が聞こえているはず」
 ルリアは不思議そうに小首をかしげた。
 先ほど、ルリアが覗いたときは、何も映っていなかった。そこにリクシュが映っている?
「ほかのやつには見えないし、聞こえもしない。見えてしまったらこっそりやる意味もないしなー」
 レイドは両腕を頭の後ろに回すと、ぐーと伸びをした。
「おおっぴらに力を使えないときは、ああやって道具を使う。さっきリクシュも言ったけどな、この聖域にあるものってのは、何かしら力が込められてるんだよ。場合によっては精霊が宿っている場合もあるしな」
「あの石も?」
 ルリアのごもっともな質問に、レイドは笑った。
「いんや。あれは違う。あれに精霊は宿っていないな。宿っていれば、まあ…まだいいんだけどなー」
「どういうこと?」
「ん? あーいうこと」
 レイドの言葉と同時に、隣りにいたクイントがガタンと音を立てて、椅子に座り込んだ。テーブルの上に石を置き、大きく肩で息をした。
 見れば、リクシュも少しばかり疲れたような顔をしている。
「ああやって、体力というか精神力を消耗するんだよ。極端にね。だから、オレらもめったには使わない。どんなに危険でも、あれを使うことで体力も精神力も疲れきってしまったら、意味ねえしな」
 ずいぶんと危険なものを、とルリアは少しばかりクイントのことが心配になった。
「大丈夫…なの?」
「――たいしたことはない」
 ルリアを安心させようとして、無理に笑みを作ってそう言っているのが見て取れる。
「――おまえさんね…。格好つけたいなら、肩で息をしない」
「――あいにくそんな芸当はムリだ」
 むぅと顔をしかめたクイントを見て、思わずプッとフェリィが吹き出した。コロコロと鈴のようなフェリィの笑い声につられて、ルリアも笑い出す。
 久しぶりに明るい笑い声で満たされた空間。
 きっと大丈夫。そんなふうに思わせる笑顔。
 そうして、クイントはその石を腰につけた小さな布袋に大切そうにしまいこむと、最後に「頼む」と短くひとこと言い、リクウェアへと旅立っていった。

 

 
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