「テキスたちのほうは、全部で500」
「たった…それだけ?」
無謀だ、とルリアは思った。
そんな少人数ではあっという間に叩き潰されるのがオチだ。
「わかっている。でも、それが精一杯の人数だった」
計画が練られているときから村にいたクイントは、悔しそうにこぼした。
もともと人口なぞ、さして多くもなかった国。それがトュティノたちの圧政により、さらに人口が減った。
流入者の中には、リクウェアのあり方を快く思わない者もいた。そういった者たちは、自分たちから進んでトュティノたちの側についている。
できれば、彼らとは争いたくはないだろう、クイントは。同じ流入者なのだから。
ちらりと見やると、クイントと目があった。彼は一瞬目を瞬かせたが、ルリアの視線の意味に気づき、直に穏やかな笑みを浮かべた。
「こちらは500。あちらは3000は越えるかもな」
「でも、城にそれだけはいないだろ?」
だったらどうにかなるじゃないか、と言ったリクシュの頭を後ろからコツンとレイドが小突いた。
「お前、忘れてるだろ。オレらの相手は人間じゃない。トュティノだぜ? 城にどれだけいようがいまいがさしたる問題なんてねえだろ」
「まあね……」
「だから、オレたちが行くんだろ?」
「何をどうするつもりなの?」
まったく話が見えてこず、ルリアは不安そうに首を傾げた。
「まず、テキスたちに騒ぎを起こしてもらう。今まで身を潜めていた民が、突然現れたらそれなりに驚くと思うしね。たとえ500でも」
「で、そちらに人間たちが気を取られている間に、オレらが城の中へ忍び込み、一直線にやつらのもとへ行く。そうすりゃ人間たちとオレたちが戦う可能性は小さくなる。無用な血は流したくないからな」
「――それでうまくいくの?」
「さてね……」
なんとも頼りない返事ではあった。渋い顔をしているリクシュのようすを見る限り、彼としても不本意な作戦なのだろう。
「無茶よ…」
「わかっている」
腕を組んで目を閉じていたクイントが、ルリアの言葉を強く遮った。
分かっているのだ。民は所詮自分たちがこれからしようとしていることがどんなに無謀なことであり、そしてトュティノやエビドュにとって、それは痛くも痒くもないだろうということを。
しかし、だからといったこのまま黙って耐えることだけでいいのだろうか。今からでも遅くはない。自分たちが生きている限り、このほしがまだ有るかぎり、最後の自分たちの楽園となったこの国を見捨てることなどできやしない。
今や村にいる者の中には他国から移住をよぎなくされた者たちも多い。一度自分の故国が滅んでゆくさまを目の当たりにしたことのある者たちだ。そして、その時、何も出来ずにこのリクウェア国に来てしまった者たちなのだ。
「もう、おれたちは大切なものを失いたくないんだ」
それはクイントの心の底からの本音であった。
そして、民たちの願いであった。
今度こそは自分たちで守ってみせる。自分たちが何かをしなければ、このまま自分たちはおろか、この国も駄目になってしまうのは日の目を見るよりあきらかなことだ。
「わずかな剣や弓ではどうにもならないことくらいわかてっている。少しテキスに武術を教わったところで、トュティノたちについている兵士たちに敵うわけないということもわかっている」
クイントの言葉にルリアはそれ以上は何も言えなかった。
もはや民は決意してしまっている。自分たちの力で国を取り戻そうと。
無茶だとわかっていても。彼らは動くだろう。そして、ルリアにはもはや動きだした車輪を止める術はない。
「ルリア……どちらにしろ、オレたちだけではトュティノとエビドュ以外の人間をおさえることはできない」
珍しくレイドが真面目な顔をしてルリアに決意を促す。
ルリアは少しだけ瞳を伏せた。
わかっている。
自分が甘いことを言っているのはわかっている。
彼らを救いたいなど、本当は言ってはならないことだ。リクウェアの王女ならば。
彼らは祖国を滅亡させようとしている張本人。いわばルリアたちと敵対するものなのだから。
そして、祖国の民たちのことを思えば、ますます己の思っていることが、民たちにとってひどく心をえぐられるような裏切りともいえる行為であることを、いやでも認識させられる。
ルリアの心は「王女」と「ルリア」という一人の少女の狭間でゆらりゆらりと揺れていた。
先ほどはまだ覚悟ができないと告げた。リクシュはそれでかまわないといってくれた。
だが、ルリアにはわかっていた。
それではいけないと。
今、この場所、この仲間たちの前ではそれでもいいかもしれない。一人の少女「ルリア」としての言葉なら。
でも……。
リクウェアに戻れば、ルリアは一人の少女、ではなく、リクウェア国の「王女」なのだ。そして今は、国を奪われ、祖国を取り戻すために、民とともに立ち向かわなければならない立場にあるのだ。
なのに、「彼らの心を考えるとそれはできない」という無責任な言葉はいえない。
民たちは、ルリアが想像できないほどつらい目にあってきているのだ。飢えで命を失った者もいる。村長のように病に犯され、身体の自由を失った者もいる。
そして、それらのすべての元凶は――トゥティノたちにほかならない。たとえどんな理由があろうとも、彼らがしたことは、決して許されることではないのだ。
となれば、ルリアがすべきことは本当はただひとつ。
災いの元凶をなくし、リクウェアを取り戻すこと――。ためらってはならない。
彼らと対峙したとき、決して迷ってはならない――。
悲しくなった。
心が締め付けられる。
なぜ、という声があふれた。
どうしてこんなことになってしまったのだろう。
誰もが望まぬ道へ、どうして進んでしまったのだろう。
彼らも、そして自分たち人間も。
「ルリア……」
リクシュの温かい手。
ぎゅっと握り返す。
そうして、己の決めた心を告げる。
「――一度だけチャンスをちょうだい。彼らにも、私にも」
「わかった」
彼らを封じることになっても、決してあとで悔いないように。たった一度だけ、彼らの心に呼びかけるチャンスをルリアは請うたのだった。
それが――トュティノの涙を目にした己の……すべきことだと思ったから。
「――決まったな」
クイントは窓の外の月に目をやった。
優しい月光。けれど、どこかその光は冷たさを持ち、ルリアたちの心を貫こうとしているかのようにさえ思えた…。
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