蒼穹への扉
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 リクシュの言う意味がわからない。
 目の前にあるのは――何度見ても砂以外のなにものでもない。
「目をつぶって、耳を澄ませてごらん」
 言われたとおりに瞳を閉じてみる。
 すると、どこからともなく、鳥のさえずりが聞こえてきた。聞こえるはずのない鳥の声が。
 ハッとなって目を開くと、目の前に広がっていたのは、先ほどとはまったく違った光景だった。
 豊かな緑。柔らかな光。優しい風。
 リクシュは、人から『森』を隠すためのものだと、教えてくれた。
 普通の者がたとえこの場所にたどり着いたとしても、そこはただの砂漠。決してこの緑を目にすることはできない。
「ここに来ることができるのは、君とぼくたち、そしてぼくたちが意図的に連れてきた人だけ」
「トゥティノは――?」
「こられないよ。この『森』には、ね……ただ……」
 キッとなってリクシュは振り返る。
「聖域には入ることができなくても、砂漠である『ここ』にはこられるけどね」
「気づいて…いたのか……」
「まあね。あなたの気配はある意味、とても独特だから」
 姿を見せたら、とリクシュが言うのとほぼ同時に、声の主が姿を現した。
(トゥティノ!)
 不思議なことに、ルリアには目の前にいる「彼」がエビドュではなく、トゥティノであることを。
 それがなぜだかはわからない。
 ただ、漠然と感じたのだ。そして、それは彼の瞳を見たときに確信した。間違いなく、彼はトゥティノであると。
 憂いを抱いた双眸――。
 哀しみに満ちた……。
 初めて彼に会ったとき感じた思いは、いまも変わらなかった。
 いや、そのときよりも彼は深い哀しみを抱いているように思えた。
 トゥティノはリクシュからルリアへと視線の先を変えた。
 さっと、リクシュは場所を移動し、ルリアを背後にかばった。
「何をしに来た。わざわざここまで」
「――…」
「ルリアは行かない。そちらにはね」
「――もう時間がない」
 トゥティノは空中に円を描いた。
 すると、円の内側だけがまるで水面のようにゆらりと揺れ、見たこともない風景が映し出された。
 はじめ、ルリアもリクシュもそれが何かがわからなかった。
 だが、次第にはっきりと映し出されたものを見て、まず初めにリクシュが小さく叫んだ。続いてルリアも息を呑む。
 紛れもなく、それはリクウェアだった。
 だが、そこにあるのは、ルリアもリクシュも知っている、あの美しいリクウェアではなかった。
 ルリアがリクウェアを出たときの姿でもなかった。
 クイントたちから聞いたリクウェアでもなかった。
 ――そこには何もなかった。
 あるのは荒れはてた大地。
 瓦礫の――山。
 それでも、そこに映し出されている場所がリクウェアだと分かったのは、小高い箇所に廃墟のように建つ城を見たからだ。
(ま…さか…)
 先ほどの眩い光を思い出す。
 まさか――いまのリクウェアの姿…?
 震えるルリアの手を、ぎゅっとリクシュが握りしめた。
「大丈夫…だよ…」
 小さな声でリクシュがささやく。
「これはいまのリクウェアの姿じゃないから」
「だが、いずれこうなる」
 リクシュの言葉を遮り、トゥティノは告げた。
「ルリアがこなければ、いずれリクウェアはこうなる」
「――何があなたをこうした」
 低くリクシュはたずねた。
「ぼくたちにはわからない! なぜあなたはこうまでしてエビドュにつく!」
「――わかるまい。話したところで。幸せなときを過ごしているそなたたちにはわかるまいよ。永遠にな」
 ルリアは空を仰いだ。
 高く澄んだ美しい青空を。
 この空はリクウェアに続いている。そして、クイントの故郷トルキアにも。そこに区切りはなく、どこで見る空もその美しさに変わりはなかったはずだ。昔は。
 なのに、その下で生きている自分たち人間はこんなにも違ってしまったのだろう。
 分かり合えるはずなのに。
 許しあえるはずなのに。
「――私、行くわ」
 それまで黙っていたルリアの声。
「ル…リア…?」
 一歩前へ進み出る。
「私、わかったの。このままではどうにもならないわ。リクシュたちは彼らがわからない、という。でも、トゥティノは私が行かないとどうにもならないという」
「待って、ルリア」
「私、リクウェアに行くわ。そこでエビドュと話してくる」
「無理だっ!」
「無理かどうかは、行ってみないとわからないでしょう?」
 戻ろう、リクウェアへ。
 エビドュのもとへ行こう。
 いまは、そうすることは必要なのだとルリアは強く感じた。
 このままではどうすることもできないのだ。
 行かない、と拒絶することはできないわけではない。だが、そうするたびに今回のように大きな異変がまた起きてしまう。
 そして、それはやがてリクウェアへと及ぶ。
 自分たちがまだ動ける状態ではない以上、そしてエビドュの真意を知るためにも、ここはルリアがエビドュのもとに行くという条件を呑むのが一番得策のように思えた。いや、それだけが理由ではない。
 ――彼の、トゥティノの深い悲しみの理由を知りたかった。
 そして、その答えはリクウェアにあるような気がしたのだ。
「ルリア――こちらに来い…」
「ルリアッ! 行っちゃだめだっ!」
「――ごめんなさい、リクシュ…。私は真実が知りたいの……」
 迷いのない瞳で、ルリアは告げた。
 彼女が言った「真実」が何なのかは、リクシュにはわからなかった。家族の安否か、それともリクウェアの様子か――。
 トゥティノから差し出された手に、ルリアが白い手を伸ばす。
 瞬間、砂塵が巻き上がり視界を隠す。
「ルリアーッ!」
 リクシュの叫びと共に、二人の影はその場から消えた。

 

 

 
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