蒼穹への扉
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 大きな異変が起こったのは、クイントがやってきてから数日もしないうちのことだった。
 突如、激しい地鳴りがした。
 続いて、大きく大地が揺れた。横に縦に。
「何っ!?」
 ルリアが叫ぶとほぼ同時に、リエルの身体が傾いた。
「おいっ!」
 彼女の身体が大地に沈む前に、間一髪レイドが支え起こす。
 リエルは信じられないほど真っ青な顔で、なにごとかをレイドに伝えた。
「おい、リクシュッ!」
 部屋の奥に向かってレイドが叫んだ。
「――聞こえているよ、レイド」
 厳しい顔つきのリクシュが扉の向こうから姿を現す。
 何かよからぬことが起こったのだと、ルリアはここにきてようやく悟った。
 だが、何がいったいどうなったのかまではわからない。
 見れば、クイントもじっとリクシュの言葉を待っているようだった。
 リクシュは二人の視線に気づき、口を開いた。
「――この揺れは、自然に起こったものじゃないってことだよ」
「どういう…ことだ……」
「あいつらしかいないだろっ!」
 意識を失ったリエルを近くの長いすに横たえると、吐き捨てるようにレイドが言った。
「あいつ……ら……」
 ルリアはハッとなってリクシュを見た。リクシュはルリアの考えを肯定するかのように、深く頷いた。
(そ…んな……)
「容赦はしない、ってことだろうね」
(私が…行かなかったから……?)
 ルリアがその先を考えようとした、次の瞬間。
 突如、脳裏にまぶしい光があふれた。
(え……?)
 何――これは…。
 と、レイドが頭を抱えた。
「おい、待てよ! ここまでするかよ!」
 激しい怒りをあらわにする。
「な……に……」
 眩い光。太陽よりも激しく、そして冷たい光――。
 すべてを呑み込む。
 同時に、激しい風が吹き荒れる。大地が大きく揺れ、建物を破壊する。
 真っ黒な煙が辺りを覆い、視界を隠す。
 まるで目の前にあるかのように、その光景はありありとルリアの頭の中に浮かんだ。
「――あいつ…ら…」
 クイントの漆黒の瞳が真紅に変わってた。
 ルリアの脳裏に現れた光景が、彼らにもまた見えているのだと知った。
「――いまのは…何…?」
「幻、ではないだろうな」
 チッと舌打ちをするレイド。
「現実、ってことだよ、ルリア」
 抑揚のない声でリクシュが答えた。
「見せつけだよっ! 要するに!」
 さきほどに続いてのできごとに、みなはぎゅっとこぶしを握り締めた。
「これも、やつらの仕業…なのか?」
 ぞくりとするような、冷たい声だった。
 いつものクイントとはまったく異なる、氷のような声。そして、それとは正反対の炎のような瞳――。
「――そう…だよ…」
「そう…か……」
「クイント?」
「――おれの故郷を滅ぼしたのは――やつら、か」
 ルリアはその言葉に、大きく目を見開いた。
「同じ…だ。おれの故郷が滅んだときと」
 突如襲った閃光。
 すべてを破壊し、瓦礫の山とした。
 人々は何が起こったのかも理解できないまま、逃げ惑った。――そして、トルキアは国としての機能を失い、滅んだのだ。周辺の諸国とともに。
 数年前、クイントが目の当たりにした祖国の崩壊。
 それとまったく同じ光景が、さきほど突如脳裏に映し出されたのだ。
 そして、さきほどのものが「現実」であり、それを引き起こした者が「やつら」である以上、トルキアを滅ぼしたのも、また「やつら」ということになる。
 だが、その事実に驚いたのはルリアだけだった。
 リクシュとレイドは何も言わずに、クイントを見つめていた。
「――知って…いたのか?」
「ごめん」
 リクシュが頭を下げた。
「な…ぜ…?」
「――トルキアだけじゃない。それ以外の国を滅ぼしたのも彼らだよ。ぼくらはそれを知っていたけれど…止めることができなかった…。彼らを止めることは…できなかったんだ…」
 本当にすまない、と謝る。
「『とめなかった』というわけじゃないんだな」
「とめられればとめたさ!」
「――あの戦は…なぜ起こったんだ?」
 故国を巻き込んだ大きな戦。
 クイントが生まれるよりずっとずっと前から続いていた戦。
 初めは隣国との些細な争いから起こったことだともいわれている。だが、年月が経つうちに、その理由は徐々に変わっていった。
 あの国が侵略してきたからだ。いや、違う、あちらのほうから仕掛けてきたのだ、と繰り返される言葉。
 戦を続けることだけに意義を感じ、決して止めようとはいなかった。
 止めることを選択すれば、己の国はそれこそ相手の言いなりになるしかない。それだけはできない。だから、戦を続ける。さらに大きな理由をつけて。
 ――そこで生きる民のことは…考えられてはいなかった。
 その戦も、まさか――?
 だが、リクシュは首を横に振った。
「いや…あの戦は紛れもなく人間が起こしたものだよ。それを拡大させていったのもまたひと。彼らは終止符を打ったに過ぎない」
「――終止符、か…。複雑だな」
 ポツリとレイドがつぶやく。
 続いてきた戦を終わらせた。その言葉だけ聞くと、さも彼らが良いことを行ったかのように聞こえてしまう。
 だが、実際はそんなわけはあろうはずもない。
 あの光に多くの命が奪われた。確かに戦は終わったかもしれない。だが、その代償はあまりにも大きかった。
 多くの国が滅びた。
 人が生きていけないほど、大地が荒れた。
 土地が再び昔のように、命をはぐくむことができるようになるまでは、かなりの年数を要するだろう。
 なぜトゥティノたちはこのようなことをしたのだろう。
 それまで影一つ見せなかった彼らが、ここにきて行動を起こしたのはなぜなのだろう。
 それは、リクシュたちにもまったくわからなかった。
 ただ、これだけはわかる。
 彼らは深い絶望の淵にいるのだ――。
 何もかも捨ててしまいたくなるような、闇の中に。
「様子を…見てくる」
 リクシュは窓の外に視線の先を移した。
「ここにいて、これだけ感じているんだ。外がどうなっているか見てこないと」
「――無茶するなよ。おまえはすぐ無茶をするからな」
「レイドほどじゃないよ」
「よくいう」
 冗談を言うだけの心の余裕はまだあるのだと、リクシュは笑った。
「大丈夫、すぐ戻ってくるから」
 ルリアに向かい、優しい笑みを浮かべる。
「心配しないで」
 言葉と共に、リクシュの身体が光に包まれた。
「ま、待って!私もいくっ!」
 考えるより先に、身体が動いていた。ルリアは光の中へと飛び込む。無我夢中でぎゅっとリクシュの腕を掴んだ。
「おい、ルリアッ!」
 背後でレイドの叫びが聞こえた気がした。
 が、次の瞬間、フッと目の前が真っ白になり、ぐらりと大きな揺れを感じた。
「――ルリア……大丈夫?」
「う……ん……」
 頭の脳が浮いてしまっているような、奇妙な感じがする。思いっきり頭を横に振って、その感覚を追い払った。
 足が地についていないようなふわふわした感じから、一気に重力を感じる。
 リクシュの腕にしがみつきながらも、かろうじて己の力で立つ。
 ゆっくりとリクシュから手を放し、そうして頭を上げた。
「ここは――」
 砂…漠。
 砂の世界がどこまでも続いていた。
 それは、ルリアがリクウェアを脱出してから、リクシュに出会うまでの数日間彷徨った世界だった。
 埃っぽいいやな風が吹き抜けていった。
「――違うよ。目の前には『森』がある」
「え…?」

 

 

 
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