蒼穹への扉
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「うかぬ顔だな」
「ん…」
 セヌエフは声の方には見向きもせずに、窓から月を眺めていた。
「望むものは手に入った――違うか?」
「まあな」
「では、なぜそのような顔をする」
「――」
 エビドュはセヌエフの背後まで近寄り耳元で囁いた。
「久しぶりに町にでも出ればいい。気晴らしになる」
「そうだな」
「面白いものが見られるかもしれぬ」
「――…」
 エビドュくくくと実に愉快そうに笑って、その場から霧のように消えた。
 セヌエフは相変わらず、身動きひとつせず、月を見ていた。
「――望むもの…か…」
 わからねえよ、もう…小さく呟く。
 何を望んでいたのか。
 何を欲していたのか。
 たしかにそれはあったはずなのに。
 そうして、手に入れられたはずなのに。
 トゥティノやエビドュと行動することで。
 ――それなのに。
「何を…いまさら」
 自嘲気味に笑う。
 すっと窓に背を向けて、セヌエフは部屋を出て行った……。


 翌日、セヌエフは数人の従者を従え、町へ向かった。
 城から真っ直ぐに続く道。かつてはリクウェアでも一番大きな町へと続くものであったが、今ではその町に住む者もほとんどいない。逃げ出してしまった者や、過酷な労働の果てに倒れた者、そして貧しい生活に堪えられなくなり、自分たちの側についた者。
 かつての賑わいは遠い過去の話だ。
 その町を通り越し、かつて東部地区と言われていた町へと足を運ぶ。今は、そこがリクウェアで唯一の町だ。大抵の者はそこに住んでいた。外の国の技術を利用して造られたその町は、快適、とまでは言えないものの、地上でくらすのに最低限の設備は揃っている。
 汚れた水? そんなものは外の技術があればどうにでもなる。
 汚れた土? もともと東部地区は荒れ果てた土地だ。そんなことは関係ない。
 かつて緑豊かで、「幻の国」とまで謳われたリクウェアをこのような姿にしたのは、自分たちだ。
 そのことを責める者もいるが、それは仕方がない。
 リクウェアを外の国並の文明に発展させる為には、それは必要なことであったのだし、何よりもこの国を自分たち流入者の国とするためには避けて通れぬ道だったのだ。
 自分たちがしてきたことは、誉められたことではないにしろ、決して間違ったこととは言えないはずだ。
 そして、セヌエフ自身の本当の望みを叶えるためには、必要なことだった……。
 そのことを知っているのは、エビドゥとトゥティノだけ。
 セヌエフ側についている者たちは、流入者の国を作るために、セヌセフが立ち上がったのだとかたく信じて疑わない。
 だからこそ、セヌエフに力を貸しているのだ。
 どんなに汚い手を使っても。元リクウェアの民たちにケダモノと蔑まれようと。
 奇麗事を言っている場合ではないのだから。
 それに───。
 セヌエフは自分の手を太陽にかざす。
(おれの手はもう銃から離れなくなってしまっている)
 自分だけではない。
 外の国からやってきた者は大抵、戦を経験している。そしてそんな者たちの中でも、自分のように一度銃を手にしてしまったものは、二度と銃から手が離せなくまってしまっていた。
 銃を持つ者が法律だから。
 幼いころに手にした銃は重かった。だが、銃を手にしていれば、相手は逆らいはしない。
 やがて銃の力が快感になっていく。銃は自分に権力を与えてくれる。誰よりも自分が偉くなった気分が味わえた。
 リクウェアでもそれは同じだと思っていた。銃を持てば相手は逆らわないだろうと。
 だが、思ったよりリクウェアの民は往生際が悪い。初めのうちはそれでもおとなしく自分たちの言うことに従っていた。
 それが、数カ月が過ぎたころ、突然多くの民が姿を消した。一晩の内に忽然と消えたのだ。その行方は未だに分からない。どこかに潜んでいることは確かであるが、その場所がどこなのか皆目見当がつかないのだ。
 と、セヌエフの視界に二つの人影がはいった。
 セヌエフははっとして馬をとめると、向きを変えた。従者たちがそれに従う。
「どうなされました?」
「いや、あそこにいる子どもは?」
「は?」
 従者はセヌエフが指し示す方を見て、首を傾げた。
「誰もいませんが」
「何? あそこにいるだろう。あの二人を連れてこい」
「連れてこいと言われましても…」
 従者たちはお互いに顔を見合わせる。
(見えないのか?)
 しかし、セヌエフの目にはまぎれもなく二人の子どもの姿がうつっている。
「いい。お前たちはそこで待ってろ」
「セヌエフ様!」
 従者の止めるのも聞かずに、セヌエフは馬を走らせた。そして、少年と少女のそばまで近寄ると、馬上から銃をつきつけた。
「何者だ――」
「――…」
「答えなければ撃つ」
「撃ちたければどうぞ」
 少女が顔を上げて漫然と微笑む。
 かっとなったセヌエフはバンッと一発少女に向けて発砲した。
 だが、銃弾はあたらなかった。あたる、と思われたその瞬間、どこからともなく現れた水が柔らかに銃弾を包み込んだ。
 カラリと乾いた音を立てて、銃弾は大地に落ちる。
「──悪魔…か?」
「いいえ――」
 少女――フェリィはセヌエフに近寄った。
「満足ですか?」
 唐突なフェリィの質問。しかし、彼女が何に対して、そう訊ねているのかセヌエフにはわかっていた。
 だが、彼女は敢えて言葉を続けた。
「ご自分の国と同じように、このリクウェアをして、満足しましたか?」
「――…」
「武力によって人々を従えて、それであなたの望みは叶いましたか」
「何がいいたい」
「武力で表面上、人を従えることはできても、人の心までは従えることができない――あなたはそうは思いませんか」
「お前に何がわかる!」
 そんなことは、とうの昔にわかっている!
 おまえなどに言われずとも、自分が今、陥っている感情がどこから湧き起こってきているものなのかは、痛いほどわかっている!
 激しい怒りが腹の底からこみ上げてきた。
 もう一度発砲する。しかし、やはり先ほどと同じように水が現れ、今度は少年と少女を包み込んだ。銃弾は水の壁に阻まれ、二人には届かない。
「――これ以上、リクウェアに自分の国を重ね見るのはやめろ…」

 

 
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