クイントと共に、可愛らしい少女が写真の中で笑っていた。どことなく、自分と雰囲気が似ているように思い、ああ、とフェリィは納得した。
彼がいつも自分のことを悲しそうに、そして懐かしそうに見つめるのはこの少女を重ねてみているからだと。初めて会ったとき、大きく息を呑んだのも、同じ理由だ。
「――…」
「幼なじみだよ」
クイントはとても悲しそうに微笑んだ。
「その人はいま…?」
「――死んださ。トルキアで…」
「――…」
「こいつはおれの目の前で死んだんだ」
クイントは辛そうに俯いた。
その写真の少女は、名をアネットといった。
クイントがまだトルキアにいた頃、自分のことをまるで兄のように慕ってくれた少女であった。――しかし、あの忌まわしい戦争で死んでしまったのだ。自分を庇って、その命を散らしてしまったのだ。
そして、そのときクイントはあの力を使った。自分たちを取り囲むようにしていた、そしてついにはアネットの命までをも奪った者たち目掛け、力を使ったのだ。
無意識のうちだった。アネットを殺された怒りでクイントは我を失っていた。再び正気を取り戻したとき、クイントの目前からその者たちの姿は消えていた──。
それからクイントは自分を守るためその力を幾度となく使ったのだった。ただ、生き抜くためにその力を使ったのだった。
そんな自分をもう一人の自分が冷やかに眺めている。そんなことをしてまで生きてどうすると――。
だがクイントは死を選ぶことはしなかった。
いや、できなかった…。
フェリィじっとクイントの話を聞いていた。何も言わず、ただじっとその場で聞いていた。
ふいに、話をやめたクイントはぽつりと呟いた。
「こんなこと人に話してどうなるっていうんだ…」
それから、これからどうするのかと尋ねた。
「トゥティノに会いに行きます――」
フェリィには「力得し者」を探す必要なすでになくなっていた。
クイントが探している相手だということはわかっていた。そして、それを彼自身も強い「否定」ではあったが、そのことを認めている。
だが、彼を連れて行くことはできなかった。
これ以上クイントの心を傷つけたくはなかった――。
きっとリクシュたちもわかってくれるはずだ。
こうなってしまったら、自分たちの力でどうにかするしかない。
(大丈夫、きっと…)
自分に強く言い聞かせ、不安を振り払った。
今、自分にできることをしよう。それが大切だ。
フェリィは決心すると、クイントに頭を下げた。
「ありがとうございます。いままで…。長老さまによろしくお伝えください」
フェリィはそういうと微笑んだ。
「待てよ」
クイントの静かな声がその場を去ろうとしたフェリィの背中に飛んできた。
「――おれも行く」
「え……」
立ちあがり、足を引きずりながらフェリィと肩を並べる。
「お前ひとりじゃ――心配だ……」
照れたようにぼそりと呟く。
ふわりと、フェリィの顔に満面の笑みが溢れた。
そうして、二人はかつてルリアが過ごしていた城のそばまでやってきた。
もはや自分たちに立ち向かうものたちはほどんどいない、という安心感からか、思いのほか兵士たちの姿は少なかった。
そのため、驚くほど城の近くまで簡単にやってくることができたのだったが、その考えが甘かったことをフェリィは思い知った。
ルリアがよく使ったといわれる隠し通路までやって来たところで、フェリィは妙な違和感を感じた。
「結界……」
ピンときた。
目の前に何かいやなものがあるような感じがする。ゆっくりと手を伸ばすと、小さな火花が散った。
(やっぱり……)
望まぬ者が入ってこられないよう、トゥティノかエビドュが張ったものだろう。
たしかに結界を張っていれば、余計な見張りなどはいるまい。越えて入ってくるものがいれば、何かしらの知らせがいくようになっているのだろうから。
無理に進もうと思えばできないわけではない。
しかし、確実に中にいる者たちに気づかれてしまうだろうし、何よりもそばにいるクイントを巻き込みかねない。
(会える、とは思っていませんでしたけれど、ここまでされるとは…)
目を細めて城を見上げた。
この中に必ずトュティノはいるはず。
彼の優しくも、儚げな笑みが思い出された。
あんなにも綺麗に笑う人だったのに、とフェリィはとても悲しく思った。
彼の身に何があったのだろう。彼の心にどんな変化があったのだろう。そしてエビドュにも――。
以前、言葉を交わしたときから長い年月が過ぎている。
その間、彼らは静かに、そして安らかなときを送っているとばかり思っていたのに。
「フェリィ……」
クイントに名をよばれて、フェリィは過去の回想から戻ってきた。
「あまり長くここにいるのはよくない」
「――そう、ですわね……」
ごめんなさい、とフェリィは心の中でルリアに向かって詫びた。
トゥティノに接触できれば、あるいは城の中に入ることができれば、彼女の親しい者たち安否はわかるはずだ。
しかし、今はこれ以上どうすることもできない。
目の前に応えはあるのに、それを知ることができないもどかしさ。
フェリィはもう一度だけ城を見上げた。
そうして、くるりと背を向けると、先に待つクイントのもとへと駆け寄っていった。
「実は、もう1人だけ、会いたい人がいるんです」
「誰だ?」
「セヌエフですわ……」
トゥティノたちと異なり、セフエフは紛れもなく人間だ。
その彼がどうしてトゥティノたちと行動を共にすることになったのか。
彼の本意を知りたかった。
今ならまだ間に合うかもしれない。
本当の闇に踏み込まずにすむかもしれない。
彼が「こころ」を持つ人ならば――。
「どうやって会うつもりだ?」
「さあ?」
フェリィは笑った小首をかしげた。
「なんとなく、今日あたり会える気がするんです」
「は?」
「行きましょう。彼とはきっと会えるはずです。――わたし、勘はとてもいいんです」
フェリィはふふふと笑って、顔をしかめているクイントの手を引いた。
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