蒼穹への扉
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 クイントはグイとフェリィの腕を掴んで後ろへさがらせた。
「クイント…?」
「いますぐここから消えろ!」
「なにいってんだ。消えんのはおめえらだよ」
 男の口が醜く歪んだ。
 クイントはギッとその男を睨む。
「おれたちの前から…消えろ!」
 叫びと同時にあたりが赤い光で満ちた。
フェリィは右肩を撃ち抜かれた痛みも忘れ、ただ呆然とその光景を見ていた。
 炎だ――炎が、自分たちと男たちの境にごうごうと音をたてる炎が現れ、燃え盛っている。
「今のうちだ」
 ぐいっとクイントはフェリィの手を引いて、右足を引きずりつつ走り出した。
 男たちは炎に囲まれてしまい、そこから動くことも出来ず、ぎゃあぎゃあとわめいている。二人がその場から去ったとさえ気づかない。
 そのすきに二人はその場を離れることに成功した。
 やがて隠れるのに適した岩場を見つけると、クイントはその影に腰を下ろした。
「――大丈夫か?」
 しばらくしてから口を開いたクイントは、フェリィの右肩へと視線を移した。
 荷物の中から布を取り出し、それを破って彼女の肩の傷を覆った。続いて、自分の右足にも同じように布を巻く。
「――あの炎は……」
「―――」
 ようやくフェリィが口を開いた。
 あの炎は……何?。
 クイントが叫んだ途端に現れた。そして、それを機にクイントはその場を離れた。驚きもせずに。
 まるであの炎が現れることを知っていたかのようだった。
(まさか……)
 先ほどの炎を起こしたのは――。
 しかし、フェリィは最後まで言葉を続けることができなかった。――目の前には、深い悲しみに揺れるクイントの瞳があったから。
 本当ならば、言わなくてはならない言葉をフェリィは呑みこんだ。
 先ほどの一件を考えれば、炎とクイントが無関係であるはずはなかった。
 けれど、それを確認することはできなかった。
 自分が口にすることで、彼を深く傷つけてしまうような気がしたのだ。
 フェリィの使命は「力得し者」を探し当てること。
 そうしなければ、この大地はやがて失われてしまいかねないのだ。
 己に課せられた使命と、クイントの心を思いやる気持ちのハザマで、どうしてよいかわからず、フェリィは瞳を伏せた。
 そんなフェリィの胸中を知ってか知らぬか、クイントは小さく、そして低く言った。
 「――おれは…違う……」と――。
 フェリィの期待を打ち消すかのように。
 すべてを否定するかのように――。
 はっとなって顔をあげると、クイントが自分にまっすぐな視線を向けていた。
 その瞳には、これからフェリィが告げようとすることを拒絶する意思が強く表れているかのように思えた。
 知らず、フェリィは「なぜ」と言葉をこぼしていた。
 口にしてから、己が何を言ったのかに気づき、青ざめた顔でクイントを見た。
 彼は相変わらずフェリィを見つめていたが、その表情にはわずかながら動揺が見られた。
 しかし、彼は再び、今度は強い口調で告げた。
「おれは違う」
 なぜこんなにも頑なに拒絶の意を示すのか、フェリィには分からなかった。
 このほしを守ることになる力。
 それを得た、類まれなる存在。
 フェリィにとって、己の力は誇りを持てるものだった。だが、クイントの様子を見ていると、彼は明らかに力を快いものとは思っていないようだった。
「――いや、ですか……?」
「――……」
 単刀直入なフェリィの問いに、クイントは一瞬目を大きく見開いた。
「――この大地を救えるかもしれない力を得たことを」
「違うっ」
 フェリィの予想に反して、クイントは強くフェリィの言葉を否定した。
「違う……?」
「――違う…おれだって――…」
 クイントはぎゅっと唇をかみしめた。
 沈黙のときが流れた。
 お互いに何も言わない。
 しかし、その沈黙を破ったのはクイントだった。
「おれは『力得し者』じゃない。おれは…おれはこの力で人を――人を殺しているんだぞ! この力で!! この大地を救うかもしれないってヤツが、人を殺すか? おれはこの力を使って何人も殺しているんだっ!」
 クイントの頬を一滴の涙が伝っていった。
 フェリィは言葉を失った。
 そうして、クイントに辛いことを言わせてしまったことを後悔した。
 ごめんなさいと小声で謝るフェリィからクイントは目を逸らした。
(―――おれはこの力を使って、何人もの人を殺した。トルキアにいたときに、銃のかわりにこの力で人を殺した…)
クイントはギュッと拳を握りしめた。
 おれは、この力を使って人を殺した―――…。自分の呟きが耳にこびりつく。
 忘れたい…。自分がそんな恐ろしい力を持っていることなど、忘れたかった。だが、そうはいかなかった。
 リクウェアに来てからも、すでに一度クイントは力を使っていた。
 村が火事になったとき、炎のなかへルリアを追って入っていったときのことだ。炎を消すために力を使った。あの時は、人を殺すために使ったわけではなかったけれど、使った瞬間、トルキアでそれと同じ力で自分のしたことを思い出させた。
今の自分がフェリィの探している人物ではないかということには、フェリィが話をした直後からうっすらと思っていた。
 しかし、クイントの心はそれを拒んだ。
 自分はそうであるはずはない――。心がそう叫ぶ。
 そうだ。このほしを守る力を持つ者が人を殺すなんて、そんなことはあるはずない。本来、大地を守るための力で自分が守るべき人間を殺すことなんて…。
 おれはたまたま、とんでもない厄介な力を持って生まれた忌むべき存在なんだ。そう心に言い聞かせた。
 しかし心の奥では、常に響く声がある。

──お前さん、変わった運命をお持ちだね──

 かつてトルキアで出会った老人に言われた言葉だ。「変わった運命をお持ちだね」そう老人は言ったのだ。そうして「その運命が知りたければリクウェアへお行き」と──。
 その時の老人の老人の言葉は、クイントの気持ちを揺さぶりつづけていた。
 老人が告げた「運命」とは何のことだったのだろう。
 あの過酷な旅を乗り越え、なぜ自分は無事リクウェアの地を踏むことができたのだろう。
 なぜ自分は――。
「ごめんなさい…。何も考えないで…私…」
「――…」
 クイントは視線の先に落ちていたものを拾い上げた。
 それは銃だった。ずいぶんと錆びてしまってはいたが、それでもじゅうぶんに使用できるものだった。
 先ほどの男たちもやはり銃を手にしていた。
「くそっ、やっぱりあいつら作ってやがる…」
 銃はクイントの手によって、大地に投げつけられた。
 このリクウェアにはつい最近まで「武器」としての銃というものは存在しなかったのだ。
 それは許可を得た上でないと、銃を所持することを認めぬこの国の法によるものであり、そして四方を山に囲まれ、まるで陸の孤島のようであるリクウェアであったからこそありうることであった。
 実際、この国の者たちは一般の者であれば、銃はおろか剣さえも身につける必要などなく、テキスでさえ身につけているものは一本の剣のみであった。それでさえ、抜くことなど数えるほどしかなかったのだ。
 それほど、このリクウェアには「武器」というものが不必要なものであったのだ。
 フェリィは立ち上がると、クイントのそばによった。
 そして黙って左手を差し出す。
「?」
 フェリィの手にはロケットが静かに乗っていた。
「!」
「あなたのでしょう?」
「いつ、いつ拾ったんだ?」
「つい先ほどです」
 クイントはフェリィからそのロケットを受け取った。
 首から吊るしていたものだったが、何かの拍子に紐が切れてしまったのだろう。
「中を…見たのか?」
 フェリィは黙ったまま首を横に振った。
「そうか…」
 そう呟きとともに開かれたロケットには、美しい緑を背後に青く澄んだ湖が描かれた絵があった。その絵の後ろからもう一枚の写真が姿を現した。クイントは黙ってその写真をフェリィに見せた。
「――…」
 どくん、とフェリィの心臓が鳴った。

 

 

 
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