蒼穹への扉
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 フェリィは空を仰ぎ見た。
 雲に覆われた空はまるで今のリクウェアのようだ。吹く風はどこかしら寂しさを感じさせ、頼りない。いつも森で感じているようなレイド特有の元気よさはかけらもない。
 村を出てから、すでに三日が過ぎた。
 村を離れるとき、テキスが出来るだけ安全な道を地図に書き込んでくれた。
「本当は俺もついていってやりたいんだが、じ―さんを護んなきゃならねえんだ。それと村も、な」
 王女との約束は破るとあとが怖いとテキスはおどけてみせた。
 そのテキスの地図は実際大変役に立っていた。最短の距離でそれでいて安全なル―トは、この国を知り尽くしていないと決して分かることではない。しかも、以前のリクウェアではなく、この荒廃してしまったリクウェアを、だ。
 長老によると、テキスは城から追い出された後、見張りの目を盗んでは方々を歩き回り、現在残っている村と村との連絡役を自分から買って出ただけでなく、その整備にも力を惜しまなかった。
 最初は所詮、近衛兵士団長の息子であるぼっちゃんに何を出来る、と白い目で見ていた者がいないわけではなかった。
 また、剣を持つとガラリと雰囲気が変わる彼のことを恐れている者もいた。
 彼の両親はいまだ行方がわからない。人の子であるならば、心配でないはずがない。だが、彼はそれを表に出すこともなかった。そんな彼のことを、無情だと陰口を叩く者もいた。
 しかし、大半のものたちは、それが自分たちの気持ちを暗くしないための彼特有の心遣いであるとわかっていた。また、ルリアが村を出て行くとき、村のことをテキスに託していったことも、村人の彼に対する評価を大きく変えていた。
 彼がいるおかげで安心していられるのだと、村人の一人が言ったのを聞いて、フェリィは嬉しくなった。
 暗いことが続くいま。
 ともすれば、鬱屈した気持ちに心が支配されてしまう。
 けれど、村人たちは未だに人を信じること、人を敬うこと、人に感謝すること――そういった人として大切なことをしっかりと心に抱いている。
(まだ大丈夫)
 フェリィには、人々の胸の中に、ほんのりとあたりを照らす柔らかな光が見えたような気がした。いや、そう信じたかった。
 でなければ、自分が今こうして必死にしていることも無駄になってしまうのだから。
 この三日。村を出てからクイントと共に、地下にあるという村五つのうち、二つはすでに回り終えた。
 しかし、『力得し者」と思われるような不思議な力を持つ者を見つけることも、うわさを聞くこともできなかった。
(もしかしたら、地上にまだ…?)
 村人たちに聞いた話。
 地上から逃れた自分たちと異なり、未だ地上で住み続けているものがいるのだと。セヌエフに守られて、その偉大な力を借りながら、大地で生きることを許されているものたち――。
 背後にいる真の支配者トュティノやエビドュの存在にも気づかずに。
 地下に移り住んだ村の人も恐らくは黒幕の名さえ知らず、ただセヌエフに対する怨みだけをつのらせていっている。いつか、いつか──そう心に秘めながら。
「われわれは決して心まで売りたくはないですよ。それならば地下で生きることを選びます」
 ある村人がぽつりとこぼしたひとこと。
 だが、その地上に探し人がいるとしたら…。
 いいえ、そんなことないわとフェリィは自分の言葉を否定した。そんなことはあり得ない――。
 このほしが危機に陥ったときに現れるという者。我ら「化身」の側ではなく、敢えて「人間」の側に現れるというところが重要なのだ。
 いわば人々にとってみればフェリィたちは決して手が届かぬ存在。それは「神」にも似ている。
 しかし、「力得し者」は違う。
 人間としてこの世に生を受け、最期まで人として生き続ける。人として――。フェリィたちにはなしえないことをなすために。
 人にしかわかりえぬこと。
 人にしか聞こえぬこと。
 人にしか言えぬこと。
「休むか?」
 隣を歩いていたクイントが、思わず息をついたフェリィを気づかった。
「あ、ごめんなさい。大丈夫です」
 すぐにそう答えたものの、三日間朝から夕方まで歩き通しだ。
 力さえ使えば、このような距離は一瞬で移動できる。だが、リクウェア内ではなるべくそれも避けねばならぬ。不用意に力を使って、トゥティノたちに発見されてしまっては元も子もない。
 ただでさえ、地上を歩くことは危険が伴う。だが正直、慣れないことをしているせいか、疲れがどっと押し寄せてきている。
 クイントは荒涼とした大地を見回し、うまいぐあいに近くにあった大岩を指さした。
 岩の影に並んで腰掛けた二人は、村人が用意してくれた少しばかりの昼食を口に運んだ。
 フェリィはちらりとクイントを見た。
 すでに食事を終えたクイントは、ごろりと寝転がり、空を眺めていた。
 フェリィは不思議だった。
 なぜ見もしらずの自分にここまで親切、というには少し違うような感じがするが、こうして危険を承知についてきてくれるのだろう。
 クイントがいなければ、いくら村長がしたためてくれた書状があったとしても、他の村に容易に入ることもできなかっただろう。それに、第一、道に迷ったに違いない。
 フェリィが持ってきた地図はとてもではないが、現在のリクウェアとかかけ離れて違っていた。多少村でテキスが赤入れをしてくれてはいたが、それでもリクウェアの地理をまったく知らないフェリィにとっては、あまり大差ない。
 少し、迷ったけれど、心にあるつかえをどうしても取り除きたくて、フェリィは彼に話しかけた。
「クイント…」
「――なんだ」
「あなたはなぜ、こんなにまでしてくれるんです?」
「――さあな」
 そういってからしばらくして、クイントはフェリィに視線を移した。
「そんなに気になることか?」
「――はい」
 フェリィの正直な答えにクイントは「そうか」とだけ言ったきり、黙りこくってしまった。フェリィも何も言わずにじっとクイントの次の言葉を待っていた。
 が、彼の口から答えが出るより前に、クイントは突如ガバリと体を起こした。
「どうしたん…」
「静かに」
 クイントはフェリィの口をふさぐと、じっと耳をすました。
「まずい…」
 チッと舌打ちする。
 クイントはフェリィに目で合図した。全身に緊張が走る。フェリィはこくり頷くと、荷物をさっとまとめた。
「いたぞ!」
 その声とほぼ同時に、二人は走り出した。
「城のやつらだ!」
 クイントは叫んだ。
 ここでつかまったら何をされるか分からない。
 下手をすると村のほうまで危なくなる。
 だから出てくる前に、テキスにも念を押されているのだ。――万が一、地上に住む者に会ったら、とにかく逃げろ、と…。
 二人は必死になって逃げた。
「あ!」
 前を行くクイントの足が止まった。
「クイント?」
フェリィは後ろを振り向きながら尋ねた。こんな所で立ち止まっていたら、後ろを追ってくる者たちに捕まってしまう。
「――前にも…」
「え?」
「前からもきやがった」
 後ろから追ってくる者たちの倍ほどの人数が待ち受けているのが見えた。
「ちっ」
 クイントは舌打ちをすると、振り返ってフェリィの顔を見た。
(やつら…知ってたんだ……)
 そうでなければ、こんなにも都合よく現れるわけがない。はじめからばれていたのか?それとも途中からか?
(そんなこと、今は考えたって仕方がない)
 ここをどうすれば切り抜けられる?
 クイントは少し間を置くと決心したように言った。
「おれから絶対に離れるな。いいな、絶対に離れるなよ」
 フェリィは訳も分からずに、ただ、はいと頷いた。
 クイントは前後から詰め寄ってくる者たちをちらりとみ、グイッとフェリィの腕を引っ張ると、くるりと方向を転換すると再び走りだした。それを見て追っ手も慌てて走りだした。
 そのとき、背後からパンッとかわいた音がした。
「くっ」
 クイントはバランスを失って、その場に崩れた。
「クイントッ」
 フェリィはサッと血の気が引くのを感じた。クイントの右足が真っ赤な血で染まっている。
「だ、大丈夫だ」
 手当てをしようとしたフェリィの手をクイントは払いのけた。
「でも…」
「いいからおれの後ろにいろ」
 クイントは痛みを抑えながら、立ち上がった。
「お前たち、村のもんだな」
 追いついた男がクイントの姿を見て、確かめるように言った。
「そうだとしたらどうなんだ」
「分かりきったことを聞くな。お前らの住処を教えるんだよ」
「貴様らに言うことなどない」
「なんだと」
 背の高い、がっちりした体格の男が、一歩前へ出た。男は手に銃を構えていた。
「――リクウェアでは禁じられているものだと思ったが」
「それはむかし。今は関係ねえよ。それより言え、言わねえとこの場で殺すこともできるんだぜ」
「なん…」
「やめてください」
 フェリィがクイントの言葉を遮った。
「乱暴なことはやめてください。あなた方もリクウェア国の民でしょう! だったら、やめてください」
 フェリィはクイントを庇うように、両手を広げてクイントの前に立った。男はそんなフェリィの姿を見てせせら笑ったが、急にその笑いが消えた。
「うるせえ! どきやがれ」
 今はセヌエフ様の治める国の人間だ、と男が叫ぶのと同時に、フェリィに向けて一発の銃弾が飛んできた。
「フェリィ!」
 フェリィの右肩から、鮮血が滴り落ちる。だが、フェリィは依然としてその場に立ちはだかっている。男がもう一発と、フェリィに標準を定めた。
「やめろ!」
クイントの激しい叫びが響いた。
「クイント!」
「やめろ…。おれたちの前から失せろ…」

 

 

 
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