フェリィは先ほど目にした村の様子を長に告げる。そして、疑問を投げかける。とてもではないが、地上に誰かが住んでいるようには見えなかった、と。
「村人も、もう昔の半分ほどに減ってしまいましてな。もう、地上では生きていけんのです。地上で生きようと思えば、セヌエフたちの餌食になる。それに──風も、水も、大地も全てが汚れてしまいました。この地下でもあと、どのくらいわしらは生きていけるか分かりません…」
長はそこでひといきつくと、フェリィの顔をじっと見つめた。
「ルリアさまは、もうここへは戻ってこないほうがよいじゃろう」
「長!」
テキスの言葉を長は遮るように言った。
「あの方にこの変わり果てたリクウェアの姿を見せたくはないのです。今、ルリアさまがここに戻ってくれば、どれだけ心を痛めなさるか……。もう…じゅうぶんですからなあ…」
「ルリアは、戻ってきます。必ず」
そのために私はここに来たのです、とフェリィは強く言った。
彼女が再び故国の土を踏むために、幸せだったときを取り戻すためにも――。
そしてそのためには探さなくてはならないのだ。『力得し者』を――。
「あの……変わった方はいらっしゃいませんか?」
「変わった……?」
どう切り出していいかわからず、なんとも妙な質問になってしまったフェリィを、不思議そうに長は見る。
「あ…すみません、言葉足らずで」
フェリィは、この事態を収めるためには、どうしても必要なことがあるのだと、仲間たちの間で出た話をかいつまんで話して聞かせた。
「──どうやら、事態はわしらが思っているよりも、ずっと複雑で深刻なようですな」
ひと通り話が終わったところで長はふうと短くため息をついた。
白髪の老人───長老はルリアの話からするとまだ六十ほどのはずであったが、今フェリィの目の前にいる老人は少なくとも七十はいっているようには見えた。
袖から除く腕は枯れ木のように細く、少しでも力を加えたらたちまち真っ二つに折れてしまいそうに見える。そして、所々にある生々しい傷痕───。
これが、トュティノとエビドュがしてきたことの結果か。
このような未来を自分たちは望んだのではない。そしてトゥティノたちも決してこのような未来を望んではいなかったはずだ。善の「こころ」であるトュティノも、悪の「こころ」であるエビドュでさえも。なのに───。
「力得し者……」
ふと、そばで黙って聞いていたクイントが呟いた。
「──それって、どんなやつなんだ?」
「わかりません。ただ、不思議な力を持ったひとである、と言うことくらいしかわたしたちにも分からないんです。古い言い伝えで…。わたしもいままで会ったことはないですから…。見かけは普通の人間とはほとんど変わりませんし…。心当たりでも?」
「───いや」
フェリィは長のほうを見たが、彼もまた首を横に振った。
「わしにも覚えはないですなあ。移住してきた者たちはどうか分からないが、少なくとも昔からこの国に住んでいる者のなかにはおらんな」
「だな。いればそれだけで噂になる。リクウェアは閉じられた場所だからな……それだけ噂も広がりやすい。だが、おれもそんな話は聞いたことがない」
テキスも首を捻る。
「そう…ですか…」
ここへくれば何らかの手がかりは見つかるかも、と考えていたフェリィは落胆の色を隠せず、肩を落とした。
(これからたいへんですわね…)
探し人の捜索、それと並行して、城のことも探らなければなるまい─―。
うまくいけば数日でどうにかなるかも、と軽く考えていたが、これは思った以上に時間がかかってしまうような気がしてきた。
「あの…」
フェリィは少し遠慮がちに長の顔を見た。
「しばらくここに……」
「もちろん喜んで」
村長はにこやかに笑うと、クイントに視線をやった。
「クイント、リクシュの家へ案内してさしあげなさい」
「ああ」
クイントは小さく頷くと、さっさと歩きだしてしまったので、あわててフェリィは立ち上がると長とテキスに軽く一礼した。
「なにかあったら、遠慮なく言ってください」
親切な村人たちの言葉に、フェリィは微笑んだ。
こんな状況下にあっても、この国の人々の心は荒んでなんかいない───…。他人を思いやるこころをまだ忘れてはいない。それだけで、フェリィは少し安心した。
じきに、クイントは一軒の家の前で立ち止まった。それは、周りにある家と同じように、土や石を積み上げて造ったものだった。地上にあった家々はどれも木でできたものだったが、ここに移り住むようになったときには、材料となる木々が調達できなくなってしまっていたのだろう。
本来であるならば、リクウェアのような風土ではあまり見かけない造りの家のはずだったから、もしかしたら流入者が作り方を伝えたのかもしれない。
「ここだ」
クイントは鍵を取り出して扉を開け放った。
内部はフェリィが想像していたよりもずっと広く、そしてきちんと整頓されていた。
部屋は二つあり、ドアから入ってすぐの大きな部屋には、テ─ブルと二つの椅子が窓際にあり、その窓には綺麗な青い生地で縫われたカ─テンが掛けられていた。そして小さな食器棚と、台所が窓とは反対側にあった。さらに、もう一つの部屋、寝室にはベッドがおいてあり、カーテンと同じ生地で作られたカバーがかけられていた。
誰かが使っているような生活臭はまったく感じられない。だが、ほこりもかぶっておらず、今までだれも住んでいなかったとはとても思えなかった。もしかしたら、誰かが毎日掃除でもしていたのかもしれない。
先ほどここへ案内するよう指示を出した長は「リクシュの家」と言っていた。だが、村人たちが本格的に地下に移り住むようになったとき、すでにリクシュはリクウェアにはいなかったはずだ。
「この家は…いつかきっとリクシュが帰ってくるからと、村人たちが用意した家だ」
フェリィの疑問に応えるかのように、クイントが告げた。
「帰ってくるか分からないのに、ですか?」
「─―帰ってくるだろ、あいつは」
じゃないと、ルリアが戻ってきたときにいろいろ困る、と少し眉をひそめたクイントの様子を見て、フェリィは心の中で小さく笑った。
そして、そこまで信じてもらえているリクシュのことが、ほんの少しうらやましかった。
ルリアのことを、約束の歳が来るまでずっと見守っているリクシュと異なり、フェリィはあまり外界に出ることがない。
本来、自分たちが必要以上に人間と関わってしまうことは、あまりよろしくないからだ。万が一正体がばれれば、大きな影響を与えてしまうこともあるだろう。
(いえ、これはわたしの言い訳ですわね……)
レイドもそれなりに外界が好きで、遊びに出て行くこともしばしばなのだから。
フェリィが外へと出て行きたがらないのは、怖れているからかもしれない。
必ずやってくる「別れ」を――。
人間を愛しいとは思う。だが、「人間」ではなく、誰か特定の「ひと」に心惹かれてしまったら――。人間として生きていても、別れは必ずやってくる。
ただ、フェリィたちの場合、その「別れ」がもっと深刻なだけだ。人は老いる。そしてやがては死んでいく。だが、フェリィたちは老いることはない。
このほしがあり続ける限り、このほしに水があり続ける限り、フェリィは生き続ける。たとえ一人になってしまっても。
気が遠くなりそうな年月を生き続けるフェリィにとって、人間の一生はほんの一瞬。その一瞬に心を奪われてしまったら……。
それが怖くて、フェリィは外界へはあまり行かないのだ。いや、人とは交わろうとしないのだ。
自分の心の弱さを知っているから。レイドのように割り切ることもできないし、ルリアやリクシュのようにその一瞬一瞬に心を寄せてもなお、強く生きていくこともできない。
だから、自分は遠くからひとを見守っているだけ。それでいいと思っていた。この瞬間まで。
でも、こうして実際にルリアやリクシュに想いを寄せている人々の姿を見ると、無性に自分の心弱さが悲しく思えた。
「着替えはあとで村人が持ってきる。それから食事を作るのは当番制。これもあとで村人から説明があるはずだ」
用件のみを伝えるクイントの声に、フェリィはハッと現実に引き戻された。
「何か?」
クイントはキョトンとしているフェリィを不思議そうに見やった。
「あ、いえ……ありがとうございます」
慌てて手を振る。
「夕食ができたら呼びに来る。何かあったらおれは真向かいの家にいるから、来てくれれば対応する」
そういい残すと、クイントはさっさと部屋を出て行ってしまった。
残されたフェリィはしばらくぼんやりと突っ立っていたが、やがて近くにあった椅子にストンと腰を下ろした。
「――まずは…探さなくちゃいけませんわね……」
自分に言い聞かせるように、リクシュにもらった地図を取り出した。そうして地図に描かれた城に人指し指で二重丸をかいた。
「ここは…あと。目的の人を探してから……」
エビドュやトゥティノたちに悟られぬように動かなくてはならない。
自分たちがいま、しようとしていることは決して知られてはならない。
フェリィは窓の外を見た。
ここは風もない────。土の匂いだけがする。
このようなところでは人は長く生きていくことはできないだろうと、フェリィは悲しみで胸が一杯になった。
(この人たちを救うためにも───わたしは一刻も早く探さなくてはならないんだわ)
再び地図に目を落とした。
とりあえず、この国にある村を全て回らなくてはなるまい。
ひどく時間がかかりそうだが、それしか方法がないのだ。リクシュの描いてくれた地図には村の集落の印をつけられた場所が、合計15ほどあった。1日2つずつ回れたとしても8日はかかってしまう。しかしそんなに時間はかけていられない。
1日でも多く自分がここにいる、ということはそれだけ危険が増すことになる。自分自身にとっても、この村にとっても。
今は力を使っていないから、己の存在を簡単には知られないだろう。だが、あくまでもそれは「簡単に」であって、彼らがその気になれば、フェリィのわずかな気配を頼りに、居場所など割り出すことができるはずだ。
もし見つかってしまえば、たった1つの望みが絶たれるだけでなく、この村をも危険に巻き込んでしまう。
そうなる前に一刻も早く、早く――。
ふぁと、と小さなあくびが1つ出た。
久しぶりに外に出たせいか、気持ちをピンと張り詰めていたせいか、からだが疲れを訴えていた。
(少しだけ…)
フェリィはそのままうとうとしはじめ、テ─ブルに突っ伏して浅い眠りにはいった。
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