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「本当に――物好きなやつらだ」
クイントは目の前に墓に供えられた花をみて呟いた。
ここにきてもう三月が過ぎた。その間に自分は何をしたか?自問して、クイントは自嘲気味に小さく笑った。
唯一やったことといえば、自分が住む住処を確保したことと、この墓をつくったことくらいではないか。
――約束は、ここに来る、ってそれだけのことじゃないでしょ?
約束、守らなくちゃだめよ――
「約束、か…」
服の下からクイントはロケットを取り出した。パチンと開けたそこには美しい緑と、青く澄んだ湖の絵がある。
多くの世界を巻き込んだ戦争。荒廃した町、砂漠化した緑、多くの躯――。そんな深い傷痕だけを残した戦。
そんな世界に生まれた自分がやってきたこの国は、故郷とはあまりにも違っていた。
四方を山に囲まれ、その外側は砂漠と荒野が続く死の世界。そんな陸の孤島が、このリクウェイア国であった。他国との争いは元より行き来すら困難な状況にあったこの国は、そのおかげで戦による崩壊を免れていた。
そうして、緑の溢れる幻の国として、外の世界では語り継がれてきたのである。
もう、地球上に残っている自然と共に生きてゆける国はこの国しかない……。そんな状況になって人々は、この幻の国を目指し始めた。自分たちが生きていくためには、この国へ行くしかない。しかし、リクウェア国へたどり着けるものはほんの一握りの人間だけであった。砂漠や荒野を抜けるのは容易なことでは無かったし、もし、それらを抜けえたとしても、そこから先、自分の目の前には三千メ−トルを越える山々が立ちはだかっているのだ。こうして厳しい自然の前に、多くの者が諦め、そして倒れていった。
壮大な自然との戦いの末に、リクウェアへたどり着いた者、クイントもそういった者たちのなかの一人であった。
いつか行きたい緑の国――幼いころ、幼なじみのアネットから見せてもらった夢の国を描いた絵本。
その国に、自分は今立っている。
しかし、その絵本に出てくる国が実在すると噂を聞いたとき、瞳を輝かせた――その少女は、もうこの世にはいない。
この国に来る前にクイントは余りにも多くのものを失っていた。家族、友人、故郷、そしてクイントの心の拠り所であったアネット…。
(おれは、何の為にここに来たんだ?)
何の為――。
誰よりもこの国に来ることを願っていたアネットが、その願いを叶えることも出来ず、命を失ったのは誰の為?
(――おれの為…)
戦に巻き込まれ死んでしまった母が、最期まで自分に抱いていた思いは?
故郷に残った親友が、自分に託した希望は?
そして、この国にたどり着く前に、命を失った幼い少年が望んだことは何だった?
(全ては――おれがこの国で生きること…)
だから、おれはここにいる。
この国を目指して、この国に来た。
アネットの願いを叶えるために、自分はここにいる。傷ついた多くの者の希望を代わりに叶えるために自分はここにいる。
なのに、自分の心の中のアネットは決して微笑んではくれない。アネットの夢であったこの国に来たのに、アネットは未だ微笑んではくれていないのだ。
自分が何をしたらいいのか分からない。
考える気力も起こらない。
ここに、来るというだけが目標だった。
それを達成してしまった後にやってきたものは、どこまでも続く虚無感――。
――クイント、リクウェアであなたの…幸せを…みつけ…て――
――絶対死ぬなよ──
――おれの代わりに…リクウェアで…生きて…――
クイントは顔を上げた。
「約束」――アネットとの約束…。親友との約束。少年との約束。
ああ、そうだ。
おれたちが生まれた国、トルキアではないこの新しい地で、新しい自分に出会うためにおれは今、ここにいるんだ。
戦のない世界。もう何にも怯えずに暮らせる平和な国。
自分の進む道を、他人から押しつけられることなく、自分で決められる世界。自分はそんな夢のような世界に立っているのだ。この国に来る前には考えられなかったことが可能な世界に。
手に持っていた紙袋を開ける。中には先程食べたパンと同じものと小さな紙切れが入っていた。
『七日後のまつりには是非参加を。あなたの顔を見れることを楽しみにしています』
「本当に――物好きなやつらだ」
クイントは小さく笑った。が、その瞳は今までとは違い、微かだが光がさしていた。
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