蒼穹への扉
Novel
  message
 ・あらすじ
 ・目次
虹の彼方へ
さくら咲くころ
時のある場所
時のある場所2
失くした時代
わたるとり
こころのはざまで
恐怖の行方
墓守
かぞへうた
 Chara
  登場人物紹介
 Side
  座談会など
 Gallery
  らくがき&Flash
 Thanks
  いただきもの&差し上げたもの
 Diary
 BBS
 Link

 


 
BACK
 
 少し長めの前髪が、風に揺れる。クイントはいつもその前髪で右目を隠すようにしていた。詳しいことはルリアにはわからなかったが、どうやら傷ついた右目を人目から隠しているようであった。
 ルリアは湖の水面に視線を移した。太陽の光が、水面で心地よげに踊っている。
「嫌なこととかあると、わたしもここに来るの。そうすると心が落ちつくのよ」
 ルリアはそういうと、抱え持っていたバスケットの蓋を開けた。
「ふ−む」
 いつの間にか、背後に笛を吹くのをやめたリクシュが来て、バスケットの中を覗き込んでいる。
「パンが三つに、ジュ−スと――あ、クチラまで入ってる!」
「リクシュ――あなたも食べる気?」
「あたりまえじゃん。だって、三ついれてくれたってことはクイントと、ぼくとルリアの分で、ちょうど三つだよ」
「リクシュ、ひょっとして朝、食べていないの?」
「ん?」
「だって、まだお昼までずいぶんあるのに」
 う−んとリクシュはお腹をさする。
「朝、ね。起きたら約束の時間だったんだ」
 はははと照れながら笑うリクシュに、ルリアは呆れてふうとため息をついた。それと同時にルリアのお腹がぐうと鳴る。
 くっくっとリクシュは声を殺して笑った。
「ルリアだって、お腹鳴っているじゃない。朝は?」
 リクシュの問いにルリアは胸を張って答えた。
「食べてなんかいられなかったわよ。朝起きてから、母様に引っ張られてず−とスエレナの衣装合わせ手伝っていたんだもの」
 少なくとも、リクシュと違って寝坊では無いことを強調する。
 そうしてルリアはパンを一つ取り出すと、まずリクシュに手渡し、そしてもう一つを取り出すとクイントの目の前に差し出した。
「さ、食べて。クイントだって朝から何も食べていないんでしょ?」
 クイントはむっとしたようにルリアを見た。
「――相変わらず、物好きなやつだな」
「食べてくれるまで、今日はクイントの側から離れないわよ」
「――…」
 自分の横に座り、にこにこしながら自分をみている少女の姿をみて、クイントはしぶしぶパンを受け取ると、それを口に運んだ。
 それを見届けてから、ルリアは今度はジュースを取り出し、中に一緒に入れておいてくれたコップに等分に分けて注いだ。並々とジュースが注がれたコップを手にし、リクシュは満足げにそれを飲み干した。
 このジュースは村でとれたブドウから村人たちが作ったものだった。この甘酸っぱいブドウのジュースがルリアは大好きだった。もちろん、パンも村人たちが栽培した小麦から作ったものだ。
「ルリア、クチラちょうだい」
「なに?もう、パン食べちゃったの」
「うん」
 ルリアはリクシュの食欲に半ば呆れながら、バスケットの中からクチラを一つ取り出すと、リクシュの差し出された手に乗せてやった。
 クチラはこの村で栽培している果物の一つであり、このリクウェアにしかない珍しい食べ物である。緑色をしたそれは、一見、葉っぱと区別がつかないほどであり、大きさはオレンジくらいで、その緑の皮をむくと、中からは薄いピンクがかかった実がでてくる。実の中心にある種の周りに、プルプルと弾力性があるその実がついており、そのままかぶりついて召し上がれ、という代物であった。肝心の味のほうはというと、これもまた最高のものであり、口に含むと甘味がふわっと広がる。
 リクシュは丁寧に手で皮をむくと、がぶりとかぶりついた。
「リクシュみたいに、美味しそうに食べてくれる人に食べられて、クチラもきっと幸せでしょうね」
「それがクチラの幸せなら、ぼくはいくつでも食べるよ」
「わたしの分まで食べる気?あげないわよ」
 そういって、ルリアはジュースを一口飲んだ。そうして、ちらりとクイントを横目で見る。クイントはパンをかじりつつも、顔は湖の水面に向けられていた。
 瞳は湖に向けられている。でも、見ているのは湖ではない――ルリアはいつもそう思う。クイントが見ているのはもっと遠くだ。湖の中に何を見ている?
「ね、クイント」
クイント  躊躇いがちにルリアはクイントに声をかけた。
 不思議な色をした瞳――クイントの瞳はまるで炎のように見えた。ルリアは初めてクイントを見たときそう思った。今まで見たこともない瞳の色。普段は黒の見えるのに、時折炎のような色に見える。全てを焼き尽くしてしまいそうなそんな瞳の色に。
 そんなクイントの瞳がルリアはなぜか好きだった。
 自分の瞳をじっと見つめているルリアと目が合い、クイントはふっと視線をそらした。
「クイントが生まれた国のことを教えて」
 クイントの表情が僅かに動いた。答えてくれることなどないだろうと、ルリアは思ったが、クイントは意外にも口を開いた。
「トルキア――って言っても知らないだろう」
 クイントの言葉に、ルリアとリクシュは思わず顔を見合わせる。クイントの生まれた国がトルキアという名の国であった、ということに驚いたのではない。クイントがルリアの言葉に答えたことがルリアとリクシュにとって驚きであったのだ。
 この三ヵ月間、今までにもルリアはこうして何度もクイントに繰り返し言葉をかけてきた。それは挨拶であったり、相槌を求めるものであったり、冗談であったりしたわけであったが、それに対してクイントが口を開くことはなかった。それはクイントが何も話さないということかというと、そういう訳でもない。しかし、とにかくルリアやリクシュの言葉にまともに答えてくれたことが今までなかったのだ。
 この衝撃から先にはっと我に返ったのはリクシュだった。リクシュは何も無かったかのように、ふーむと考えると、頭の隅から「トルキア」という言葉を掘り起こしてきた。
「思い出した!トルキア、五十年以上も前から戦争をしていた国だ。最初は隣国との戦争だったんだけど、そのうち内乱にすりかわって滅びた国だ」
 あっとルリアは口に手をやる。そうだ。思い出した。兄様に聞いたことがある。
 リクウェアの外にある沢山の国の話。そしてその国々が起こした戦争の話。そして沢山の人の命が奪われて、滅んでしまった国。そんな国の一つにトルキアの名前があったような気がする。
 詳しいことは何も知らない。ルリアが知っているのはトルキアという国が昔からの戦争で、すでに滅んでしまった国――もうこの世には存在していない国のひとつであるということだけだ。
 ――そうか。この人はいつも、自分の故国をこの湖の中に見ているのだ。
トルキア

――この三ヵ月間、こうして毎日、目の前から消えてしまった故国の姿を思い浮かべているのだ。
「――クイント、あなたはどうしてこの国に来たの?」
 来たかったから来た、とルリアはもちろん思っていなかった。この国を目指す人達は、大抵、いや殆どが自分の意思でこの国を目指したのではない。そうせざるをえない状況に追い込まれて、この国に来ているのだ。住めなくなってしまった土地を捨て、新しい自分が生きる場所をここに求めざるをえなかったのだ。
 ただ、生きるため。生き抜くために――
「ここに行くという約束があった…」
 クイントは目を細める。
「約束?」
 クイントの意外な答えにルリアは不思議そうに聞き返す。
「――…」
 しかし、クイントはそれ以上は押し黙ったまま何も言わなかった。
 ルリアも何も言わずに立ち上がると、リクシュがそれを見てバスケットを持った。ルリアはバスケットと共に傍らに置いておいたパンの入った紙袋をクイントの隣にそっと置いた。
「これ、村の人から。明日、また来るわ」
 そして、一呼吸置いて、こう言い足した。
「――約束は、ここに来る、ってそれだけのことじゃないでしょ?約束、守らなくちゃだめよ」
 にっこりと笑って、手を振り去っていこうとする二人に、クイントは何かを言いかけて口を閉じた。

 

 
BACK
 

▲このページのTOPへ