蒼穹への扉
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1

 

「よかったわ。ピッタリね」
 王妃はにこりと微笑んだ。優麗な雰囲気を湛えた顔が、笑みでさらに美しく見える。
「うんうん、すごく似合ってる」
 王妃に似た明るい金髪の少女も満足そうに頷く。少し勝気そうな瞳を持つその少女は、王妃である母の手伝いを傍らでしながら、おおはしゃぎしている。
 リクウェア国では今、一週間後に行われる夏まつりに向けて活気づいていた。そしてここ城内でも、まつりの支度に追われていた。
 この国は決して裕福ではない。けれども人々は神に感謝する心を、そして何よりも遊び心は決して忘れることはなかった。年に一度のまつりは、それは盛大に行われている。国を挙げての一大イベントとなっていた。
 別名「聖碧まつり」といわれているこのまつりは、そもそも国を守っているという女神を讃えるものであった。聖碧球という不思議な石を持つ女神が、その昔この国を救ったという伝説、そして、今なおこの国はその女神によって守られているのだと、人々は固く信じていた。
 その女神に感謝の意を示し、平和を願うまつり――その日は、国から選ばれた一人の娘が女神に扮し、鮮やかに咲き乱れた作り物の花々で飾られた花車に乗せられ、町の大通りを練り歩くのだ。人々は互いに自慢の料理を、そして酒を振る舞い、大いに騒ぐ。
 そのまつりを前にして、少女――ルリアは花車の準備を、そして、女神役に選ばれた今年のラッキーガールの衣装合わせを手伝っていた。
「こんなに素敵な衣装を、私などが着ていいのでしょうか」
 少し複雑そうな顔をしている娘に対して、王妃はころころと笑った。
 柔らかな薄い茶色がかった髪を今は、きゅっと上に結び上げ、邪魔にならないようにしていた。きれいな白い肌が、着せられた服の下からわずかにのぞいている。それがまた、青みがかった華やかな衣装を引き立てていた。
「スエレナはその資格が十分にあるから、女神役に選ばれたのですよ」
 そう、今年の女神役はルリア付きの侍女であるスエレナが抜擢された。

スエレナ  普通、女神役は毎年二つの町と十五の村からそれぞれ、今年十七歳になる娘を集めて、それを城の「聖碧まつり実行委員会」で協議し決めていた。今年からは、それに加え、城にいる者も対象とするとされ、見事スエレナが選ばれたのだ。なんでも王子ハートレイと近衛騎士団の長の一族フェルジャン家の長男テキス・フェルジャンの特別な後押しがあったという噂もなきにしもあらずであったが。
 そんな訳だから、スエレナは複雑そうな顔をしているのだ。
 けれども、王妃はそんなスエレナに笑って女神役選出は正当な手段で行われ、満場一致でスエレナに決定したのだと告げた。
 

ルリアもまた、スエレナが選ばれて当然だと思った。普段、近くに居る分、そしてあまり派手なことを好まないスエレナである故、スエレナの美しさは見逃してしまう部分がある。しかし、彼女自身はそんなことであっても、隠しても隠しきれなほどの魅力が彼女にはあるのだ。
 そして、その立ち居振る舞いも決して他には劣らなかった。ハートレイやテキスと同い年の彼女は、彼らとも同等にやっていけるだけの知識と力をもっている。スエレナはもともとはハートレイたちと同じ学校に通っており、何度か城に出入りしていた。そんなうちに、ルリアになつかれてしまい、今ではルリア付きの侍女、というよりは、ルリアの家庭教師として城にいる。そして、何よりも、あのお転婆ルリア王女を扱える唯一の人物として、城の中では侍女仲間からもそして王や王妃たちからも一目置かれていた。
 そんなことであったから、王妃もルリアもスエレナが選ばれたとあって、大はしゃぎをしているのだ。
 スエレナの女神の衣装を作るのを王妃は自らかってでた。女神役の娘の衣装は実行委員の者が用意するのが当然だとしていた委員達自身は、その王妃の申し出を最初は丁重に断った。仮にも国を治める王の妻たる王妃にそのようなことはさせられないというのが、多くの意見であった。
 しかし、そんなことで簡単に引き下がるような王妃ではない。
 王妃は珍しくぐっと委員たちを睨むとこう言ったそうだ。「あなた方はそうやって私を差別するのですか」――と。それにはみな口をつぐんだ。
 確かに、この委員たちの心のなかに、そのような侍女がやる仕事を王妃にはさせることはできないという思いがあった。それを王妃にずばり指摘されたのだ。
 しかも王妃は身分による仕事の上での差別を暗に指摘したばかりではなく、そういう身分の者を差別するのではなく、自分を差別するのかと言ってのけたわけだ。
 とんでもないと、一人が口を開いた時点で、王妃は止めのひとことを言い放った。「では、私がこの仕事やることに、なんの支障も無いわけですね。私も、このまつりを心待ちにし、参加することを何より楽しみにしている者の一人――この仕事は慎んで私がお引受いたします」そういって、机の上に出されていた衣装のデザイン画をひらりと持ち出して行ってしまったというのだ。
 ルリアは王妃を見上げた。
 この話は兄であるハートレイと兄の友人であるテキスから聞いたのであるが、王妃の外見しか知らぬものがこの話を聞いても恐らく信じられないであろう。そう、なんともこの母の姿からは想像できないのだ。
 王妃はいつも穏やかで、春の木漏れ日のような人である。しかし、決して曲がったことを許さぬ人でもあった。王である父が、不正に対して声を荒わげて叱責するのに対して、母は決して声に出して叱ることはなかった。ただその美しい瞳でじっと見つめるのだ。全てを見透かすように。ただ何も言わず、じっと自分を見つめるのだ。ルリアにとっては王に雷を落とされるのも御免だが、母のあの瞳でじっと見つめられるほうがもっと堪える。
「ルリア」
  王妃に呼ばれてぼうっとしていたルリアは、はっと我に返った。
「ハートレイとテキスを呼んできてもらえますか」
「はい」
 元気良く頷くと、スエレナを見て悪戯っぽく笑った。
「きっと兄様もテキスも大喜びするわよ」
 スエレナの顔が赤くなったのを見て、ルリアはくすくすと笑いながら部屋から飛び出していった。
「兄様は特に、ね」

 

 
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