蒼穹への扉
Novel
  message
虹の彼方へ
さくら咲くころ
時のある場所
時のある場所2
失くした時代
わたるとり
こころのはざまで
恐怖の行方
墓守
かぞへうた
 Chara
  登場人物紹介
 Side
  座談会など
 Gallery
  らくがき&Flash
 Thanks
  いただきもの&差し上げたもの
 Diary
 BBS
 Link

 

失くした時代

 
 
 

遠い昔に失ったもの
遠い昔に捨てたもの
今まで省みることはなかった過去
明日に向かって歩むためには
いらないと思っていたもの
思い出しても悲しくなるだけだから
思い出しても自分が嫌いになるだけだから
大切だったものも
嫌いだったものも
すべてを忘れたふりをして
けれどもあなたは気づいていますか
過去を遠くに押しのければ押しのけるほど
あなたの心は
虚しさで満たされていくということを――


崩れた壁。粉々に割れた窓。壊れた町。誰もいない……町。
住んでいた人々はいったいどこへ行ってしまったのだろう。動物の姿もまったく見えない。生き物の気配がしない町。
少年は空を見上げた。まだ幼さが残る顔。だが瞳の奥には、子供とは思えぬほどの大人びた灯がゆれている。無表情で、そしてどこか悲しい。そんな少年の背ではがちゃりと銃が音を立てる。
それは少年には大きすぎるように思われるものだった。しかし少年は決してその銃を身から外すことはなかった。自分の命を守るために。自分がこの世界で生きていくためには、なくてはならないものだったのだから。他人を押しのけてでも生きていくしかないこの「時代」には決して手放してはならないものだったのだから。
暗雲で覆われた空。まるで自分の心のようだと少年は思った。今にも雨が降り出しそうな空。溢れる想いを押さえ込んでいる自分の――心。
今夜はここで過ごすしかないだろう。ここならば雨がしのげるような場所はいくらでもある。食べ物なんて一日くらい食べなくったって人間、生きていける。こんなことにはもうなれている。そう……なれている……。生きるために。独り、生きるために――独りでいるのにも……。
ふと、白い影が視界の中を横切った。一瞬身体が強張る。背中の銃に手をやる。逃げるべきか、それとも追うべきか……。


どくんどくん……


心臓が高鳴る。
相手が誰かわからぬ以上、逃げなくてはならない。そう分かってはいるものの、少年の心とは反対に足は自然と目の前の建物と建物の間をすり抜けゆくその影を追っていた。
建物を抜けると、少し大きな通りに出た。道の両側には店がずらりと続いている。恐らくこの街で一番賑やかだった通りだったのだろう。だがその店々にはその頃の名残は何もない。壊れたドア。割れた窓。ゴミのように積み重なった家具。そして店の看板。通りの中でも中心と思われる十字路が少し先にあった。十字路の中心には噴水らしきものがある。
さっき目にした影は――少年は噴水の前で立ち止まりあたりを見まわした。すると、ちょうど少年の正面、噴水の影からすっと白い影が姿をあらわした。自分が追っている影の正体を目にし、少年は言葉を失った。
それは小さな少女だった。誰もいないと思っていたこの町で見つけた幼い少女は、真っ白な服を着、髪の毛も服と同じく真っ白だった。少女は少年に気づくと、ふと立ち止まり、少年に向かって無邪気に微笑んだ。
少年はその笑み顔を見てたじろいだ。ずいぶんと長い間見たことがないほど明るく、心が温かくなるような笑顔だった。だが、その笑顔に対応する術を少年はすでに忘れてしまっていた。
「あ……」
少年はただ腕を伸ばし、少女の肩をつかもうとした。すると少女はすっとそれをかわし、笑み顔のまま、また駆け出した。
少年から少し離れ、少女は再び立ち止まる。呆然と腕を上げたまま凍りついている少年を見て、不思議そうに頭を傾けた。そうして、町の北東に見える丘を指差した。
少年は丘に視線を移した。一本の大木がすっと伸びているのが見えた。
「あそこへ……行くのかい?」
少年の言葉に少女はうれしそうにこくりと頷いた。きびすを返すと音も立てずに走り出す。
少年は思わず少女につられて走りだした。時折少女は立ち止まり、少年がついてきていることを確かめるかのように、後ろを振り向き見る。

 
 
 
▲このページのTOPへ