蒼穹への扉
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失くした時代

 
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丘に近づくにつれて、少年の胸は不思議な感覚であふれていった。
大木を目指して一気に駆け上った丘の上で、少年が目にしたものは眼下に広がる町だった。死んでしまった町がそこにはあった。灰色に覆われた、悲しみで満ちた町が。
いくつもこういった町を見てきた。これで幾つ目だろう。そんなことを忘れてしまうくらい本当に多くの町が、悲嘆で満ちてしまった。たくさんの躯だけが残され、生き残った者たちは、知らない間に次々と姿を消していってしまった。
自分もこうして、町から町をさまよい歩いている。両親を失った日から。たった一人の妹を失ったあの日から。いや、正確にはもっと昔から。自分が両親の元から連れ去られたときから、「夢」は始まっていたのかもしれない。「現実」とは思いたくない苦しい「夢」。いつ覚めることができるのかも分からない。だが、これを「現実」と認識したくはないのだ。これは「夢」――そう思えば楽になる。いつか目覚める日を思えば心が軽くなるのだから。
どっと押し寄せてきた思いを振り払うかのように、少年は強くを振った。顔を再び上げると、目の前には少女が立っていた。
少年と目が合うと、少女は顔を綻ばせた。
まっすぐに白い腕を伸ばし、自分に微笑かけている。
空からさす一条の光。そして天からさらさらと降っている白い光の糸。丘の上はまぶしい光であふれ、幻想的な世界を生み出していた。
今までに見たことのない美しい世界。
だけど、どこかで見たことがあるような、懐かしい世界。遠い遠い過去に。この光景を自分はどこかで見たことがある……。
頬を一筋の水が伝っていった。それが天から優しく降り注ぐ雨とは違うということに気づくまでしばらくの時間がかかった。
「な…みだ……?」
少年は目を見開いたまま、頬を伝う滴をぬぐった。
だがまたすぐに視界がぼやける。あわてて頬をこする。しかし、涙は止まることがない。次から次へと溢れてくる。
どうして自分は泣いている?
母親が死んだときも、父親が死んだときも、幼い妹が死んだときも流れ出ることはなかった涙。
なのに自分は今泣いている? ただ懐かしい思いで心が満たされただけで。それだけなのに。悲しいわけじゃなのに。つらいわけじゃないのに。 

――我慢しなくったっていいんだよ――

少女の声が頭に響く。
優しく澄んだ声。心地良い……。

――泣きたければ泣いていいんだよ――

泣きたい……? 自分は泣きたかった? 
少年は大木を見上げた。天に向かって枝を伸ばし、ふりそそぐ雨をその大きな身体にいっぱい受け止めている。
ああ、そうか……自分は泣きたくても泣けなかったんだ。泣いてしまえば、楽だったのかもしれない。苦しい現実を前にただ泣いていれば……。でも周りがそれを許してくれなかった。自分の心がそれをよしとしなかった。
すべてを洗い流してくれるような光の中で少年は目を閉じた。
忘れていた遠い過去。
忘れていた涙。
少年は銃を静かに下ろした。生きるために、決して今まで身から外すことがなかったその銃を。
少女がゆっくりと少年に歩み寄る。白いその長い髪をなびかせて、少女は一歩一歩少年に近づいた。白い手が、涙で濡れた少年の頬を優しく包み込んだ。

パンッ――

背後で乾いた音が響いた。
少年は少女に向かって初めて微笑んだ。そうしてゆっくりと静かに瞼を閉じた。
少女は崩れ落ちた少年の身体を優しく包み込んだ。疲れ果てた少年の心を癒すように。すうと天を仰いだ。

 
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