小さな史跡って,現地に行ってみて初めてわかるものが多いんですよね。
この場所もその1つ。
秋保神社を訪れた際に,社務所で近辺の史跡をまとめた地図をいただいたんですよ。
何種類かあったのだけれど,その中の1つに民話をまとめたものがあって。そこに掲載されていて初めて知ったわけです。
源平史跡がまさかあるなんて思ってもみなかったんですけれど,こりゃあ,いくしかない!と。
いただいた絵地図をもとに探して,うろうろしてようやく見つけた場所でした(笑)
なので,地図で示している場所,もしかしたら違っているかもしれません。タブン,このあたり,ってところにしるしをつけています。
なんせ,GoogleMapにも掲載されていなんだものー!(笑)
何も説明書きはありません。
なので,いただいたパンフレットだけが頼り。
それによりますと,重盛の孫たちが落ち武者になってここにやってきて,平重盛の亡骸をここに埋葬して,阿弥陀如来を安置したと伝わっているようです。
そして,ここに住み着いて秋保氏の祖となったのだとか。つまり,秋保氏は重盛の子孫ってこと?
また,一緒に逃げてきた人の中に平忠能という人…平家の有力な家人だったようですが,その人は定義と名を変えて別の場所に移り住んだそうな。詳しくは定義西方寺のページをご確認ください♪
そんなわけでこの場所にあったのは,この小さなお堂。あとは石碑がいくつかありましたが,その石碑がいったいなんの石碑なのかはまったくもってわからず…。
地元の方ならわかるのかしら…。